F1 パワーフォース
日本人ドライバー列伝
井上隆智穂
     F1 日本人ドライバー列伝  井上隆智穂(1994,95)  F1パワー・フォース 
更新履歴
ドライバー名
中嶋悟
鈴木亜久里
片山右京
井上隆智穂
中野信治
高木虎之介
佐藤琢磨
スポット参戦
鈴木利男
野田英樹
井出有治
山本左近
76,77年富士
テストドライバー
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井上隆智穂 自力でF1まであがるが評価されずに終わる
自力で資金調達をしF1上り詰めるというヨーロッパではよくある話も日本ではキワ物扱いされ現在では完全に無視され歴史の一部から消されようとしている。そのドライバーがタキ井上こと井上隆智穂だ。彼は参戦にかかる費用をなんと借入れそれを参戦後に自力でスポンサーを集め返済をしていくというとんでもなく恐ろしいマネジメント力でフルシーズンを戦いきっている。参戦初年度(1994年)は井上って誰?の状態で沈没寸前のシムテック・フォードから大雨の中の日本GPにスポット参戦した。結果もボロボロであったが名前をいくらか売ることには成功している。その前年及びこの年は国際F3000にスーパノヴァから参戦していた。F3000の名門となったスーパーノヴァの当時の代表とは友人関係にありまたそのチームの設立にも多いにかかわっていたらしい。現在は謎の行動が多く表面に出てくる事はない状況になっている。果たして何をやっているのだろうか?
1994年成績  シムテック・フォード
開催 出走数 予選順 予選 最高位 ベストラップ 結果 周回 内容
15 日本 28 26 26 2分21秒978 リタイア 3/50 スピン
1995年シーズンはなんとフットワークアロウズ・ハートというまあまあの体制での参戦になった。しかしチームメイトのジャンニ・モルビデッリには全く歯が立たずさすがに限界を感じさせるものがあった。チームの財政問題でマッシミリアーノ・パピス(後にインディ・カート(現チャンプカー)で大活躍)が代わり参戦したときは互角に近い戦いをみせていたことも事実だ。しかし彼が注目されてのはあくまでもハプニングの時だけだ。モナコではアラン・メニュの駆るオフィシャルカーに突っ込まれ横転し乗ったまま牽引され、ハンガリーではエンジンから火が出て消火器を持ちマシンに近づこうとした瞬間オフィシャルの車にはねられるというとんでもない状況に巻き込まれてしまった。この年の片山右京選手のポルトガルでの大クラッシュを真後ろからみており、その状況を話していたことが印象にのこっている。参戦は翌年もミナルディからする予定だったがスポンサーとの間でトラブルが起こり残念ながら参戦ができなくなりそのままフェイド・アウトしてしまった。本当になにからなにまで不思議なドライバーだったがこの後の日本人ドライバーよりも評価高くてもよいのではないかと思う時があるがどうだろうか?
1995年成績 フットワーク・アロウズ・ハート ポイント0 ランキングなし
開催 出走数 予選順 予選 最高位 ベストラップ 結果 周回 内容
1 ブラジル 26 21 11 1’26.470 48/71 火災
2 アルゼンチン 26 26 14 1’30.325 40/72 スピン
3 サンマリノ 26 19 23 1’59.717 12/63 スピン
4 スペイン 26 18 12 1’28.204 43/65 ミッション
5 モナコ 26 26 15 1’30.174 27/78 ギア
6 カナダ 26 24 11 1’33.079 9 67/69 完走
7 フランス 26 20 - - 0/72 接触
8 イギリス 26 21 18 1’35.872 16/61 スピン
9 ドイツ 26 21 16 1’53.541 9/45 ギア
10 ハンガリー 26 20 18 1’24.804 13/77 エンジン
11 ベルギー 26 20 12 1’59.331 12 43/44 完走
12 イタリア 26 22 8 1’29.804 8 52/53 完走
13 ポルトガル 26 21 14 1’27.425 15 68/71 完走
14 ヨーロッパ 26 23 - - 0/67 電気系
15 パシフィック 24 20 18 1’21.503 38/83 電気系
16 日本 23 18 12 1’46.600 12 51/53 完走
17 オーストラリア 23 19 17 1’22.641 15/81 スピン

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